往復小説#1-1-1:天外黙彊:葉


天外黙彊:葉

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本文


 庭先のモミジはまだみずみずしく青々としている。今年はいつ頃紅葉こうようが見れるだろうか。
「忙しいとは思うけど、たまは元気な顔見せてあげて。」
「そうだね、長いこと行ってないからな。」
 母と会うと、必ず叔父の話題になる。
 見舞いに行ったのは、5年程前の出張の帰りだった。行くことを告げずに訪れたので、叔父は驚き、たいへん喜んでくれた。様々な話をした。初恋の話、会社での話、家族との話。ハキハキと話す姿に、本当に病人なのか疑うほどだった。
 子供の頃、年始や墓参り等の親戚の集まりで顔を合わせていたが、社会人になってからはなかなか会えていなかった。ゆっくりと二人きりで話すのは初めてだったかもしれない。
「仕事はしすぎるなよ。」
 帰り際、改まった調子で言われてドキッとした。叔父は昼夜問わず働き、家に帰らない生活を続けた結果、発病したのだ。会社には大いなる貢献をした。叔父の努力の結果、新しい事業部が立ち上がり、今では会社の主力部門になっている。一方で、奥さんからは小言を言われ、多感な時期の娘さんからは「家族を大切にしていない」と言われたようだ。家族のために多くの男たちは働いている。けれども働き過ぎて家族と疎遠になってしまったのでは元も子もない。時代は変わりつつある。残業をするな、家族との時間も大切に、と言われるが、ちょうどいい案配はまだ分からない。

 今年は温暖なせいもあって、葉はなかなか色付かない。上の方がやっと黄色がかってきた。見頃になるにはまだ時間が掛かりそうだ。
 母から叔父の近況を聞いた。写真を見ると、随分と痩せ細っている。早く行ってあげなくては。しかし今月は立て込んでいる…。会社では大きな案件を抱えてている。新しい事業部が立ち上がる程ではないが、気を抜けない。プライベートでは子供の運動会に、大学の同窓会。見舞いは仕事が落ち着いてからでもいいかな。
「医者にも、最期は分からないようね。私もいつお迎えが来るのかしら。」
「姉弟揃ってなんて、勘弁してくれよ。」
「いっぺんに済んだ方がいいかもしれないわね。」
 縁起でもない。母は大きな病気になったことは無い。入院の経験は出産のときだけだ。そんな人が突然逝くはずがない。とはいえ、病床で投薬されながら長いこと頑張るのと、前触れもなく突然…。最期の迎え方として、どちらが良いのだろうか?そんなものに、良いも悪いもあったものでは無いか。

 ここ数日一気に肌寒くなった。服装は日ごとに重くなっていく。
「礼服は大丈夫。明日一番の便で行くから。」
 言葉少なく電話を切った。窓から見えるモミジは色付いている。殺風景な庭で鮮やかな深紅が際立っている。
[完]

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