往復小説#1:松里鳳煌:秋





本文


「秋か」
 路上に花が開いていた。
 遠目でもわかる。
 その様は飛び降りを想起させる。
 コンクリートにまかれた脳漿。
 手を合わせたい気持ちになる。
 飛び降りというよりは落とされたと言った方がいい。
 事件だ。
 犯人は解っている。
 カラスだろう。
 主犯だろうが、共犯の可能性も。
 今回は目撃していないが、いつぞや目にした。
 被害者は「渋柿」。
 路上に身を投げた柿はなんとも哀れだ。
 埋葬したい気分が湧き上がる。
 熊本の祖母宅で見たそれは自然の一部だった。
 蟻をはじめ、様々な生き物が群がり、柿の命を弔いっているかのよう。
 命のお裾分け。
 命の継承。
 食い散らかしたそのさまにすら美を感じる。
 充分に吟味された残りを大地が頂く。
 数日もすれば単なる景色になる。
 実に美しい。
 子供の頃は驚きがあった。
 対して都会の柿は哀れだ。
 雑に啄まれた挙げ句、脳漿をぶちまけ、その上で命が継がれることもほとんど無い。その上で無残な姿を長らく冷たいコンクリートの上に晒し、更には不愉快な目で見られる。
 渋柿氏の横を通り過ぎる。
(ほら)
 通行人が彼の憐れな姿を見て眉をしかめた。
「汚いなあ、片付けろよ・・・」
(これだ)
 落とされた挙げ句に醜い姿を晒し、文句を言われ、命を継がれる事もなく、ただ死に逝く。カラスを始め、鳥たちに啄まれているうちはまだいい。時が満ち、耐えかねて落ちる輩も少なくない。
 少し歩くも私は引き返すと、しゃがみ、じっと見た。
 スマホを取りだし写真を撮る。
 さながら渋柿氏の遺影だろうか。
 よくよく見ると、なかなかどうして美しい。
(あんたの命の表現しかと受け止めた)
 奇異な目を向ける通行人。
 無理もない。
(気にするな。今、名も無き渋柿を看取っただけ)
 いずれ私も貴方の仲間入りだ。
 何も変わりはしない。
「さようなら」
 歩み去る。
 数歩踏み出すも振り返る。
 やっぱり都会の柿は哀れだ。
 命が継がれる事もなく、喜ばれる事もない。
「あ、」
 スマホ見ながら歩いていた女性が渋柿氏を踏みつけた。
 不愉快そうな顔をする。
 無理もない。
 知らずあれを踏みつけた感触は中々おぞけがする。
 溜め息。
 単に息が苦しいだけか。
 都会の命はなんとも哀れだ。
「秋だなぁ」

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