当サイトについて


当サイトは松里鳳煌が提案した 往復小説 の作品を全て紹介しているサイトです。複数の筆者が小説によるコミュニケーションを行なうコンセプト。本サイトは、それぞれのサイトに別れている往復小説を読みやすいように纏めました。往復小説 以外は各著者のサイトをご覧下さい。著作者のサイトにも訪れていただけると幸いです。往復小説については以下をご参照下さい。


松里鳳煌:往復小説について

https://hoko.yataiki.net/%e5%be%80%e5%be%a9%e5%b0%8f%e8%aa%ac%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/

留意事項

・ブックカバーについて:当サイトで用意したものを使用しております。
・修正について:小説は全て投稿初期時の作品で修正は各著作者のサイトで実施されます。当サイトでは基本的に反映しません。
・許諾:往復小説の参加者は当サイトでも掲示されます。
・作者名について:中途でペンネームを変更する場合があっても当サイトでは投稿時のものを使用し原則的に既存作品の修正は行いません。
・著作権:各作者にあります。
・管理人:本サイトは発起人 松里鳳煌 により管理・投稿されております。

参加者

本グループでは次の作者が登録されてます。詳細は先述した 松里鳳煌:往復小説について を御覧ください。執筆者は5~8名を最大で1グループを想定しております。
・松里鳳煌 https://hoko.yataiki.net/
・天外黙彊 https://mokkyo.net/

往復小説の読み方


 各話完結方式です。単独で読んでも、繋がりでも読んでも構いません。
 先頭にあたる小説は投げかけに当たるもので、それ以上でも以下でもありません。
 繋がりで連続に読んだ場合、結果的に導き出されたテーマが強調されたり、単独で読んだ時とは異なった印象が残るかもしれません。それは後述作者による意図であったり、結果的にそうなったかもしれませんが、元となる作者は後述される小説には直接関与しておりません。
 往復小説は、返事が連なった時や、複数のルートが出た時により面白みを見いだせるかもしれません。ルートによって見えてくるものが変化するでしょう。それぞれお楽しみ下さい。

往復小説の繋がり、ルート

返事が繋がった場合。往復小説#1のケース。
 ・#1>#1-1>#1-1-1>etc... と繋がります。
  #1-1-1.は自ずと#1と#1-1の影響を受けた形として作品があります。

他のルートが出来た場合。往復小説#1のケース。
 ・#1>#1-2>#1-2-1>etc... と繋がります。
  #1-2は、あくまで#1を前提として存在します。後発であっても、#1-1 や #1-1-1 とは繋がりを示しません。
 ・#1>#1-1>#1-1-2>etc... と繋がる場合もあります。
  この場合、#1-1-2.は#1と#1-1の影響を受けた形として作品がありますが、#1-1-1は繋がりを示しません。

ラベル(カテゴリ)を活用

作品数が増えてきた場合、Bloggerで言えばラベル、WordPressで言えばカテゴリやタグをご活用下さい。本サイトでは「ラベル」において、#1 や #1-1、#1-1-1 といったラベルを付与しております。#1 のシリーズを読みたい場合は、#1 のラベルをクリック。小説が抽出されます。#1-1 のシリーズで読みたい場合は #1-1 といった具合で記事を纏めることが出来ます。

管理人より


 「言葉というものは肝心なことが伝わらないものだなぁ」と実感します。直接的かつ具体的な会話より、何かを媒介にした象徴的なコミュニケーションの方がより深く相手を感じられた体験があります。返歌にように、言葉を使いながら象徴的な表現でもある「小説」を媒介にコミュニケーションがとれたら面白いのでは無いかと以前から考えていました。それが往復小説です。

 小説を、どう捉えるか、何を捉えるか、どこに肝を置くか、これは常に読者に委ねられています。読む側の持ち物や教養、経験で大幅に解釈が変化していく自由度と面白さが小説にはあります。それぞれが答えなのです。時として筆者の思惑や狙いを知りながら横道へそれても一向に構わない。それが小説の間口の広い部分であり、それはどれも正解なのです。故に筆者は苦悩するわけです。何かしらの魂を、思いの欠片を如何に正確に伝えられるか。それそのものが読者とのコミュニケーションに思えます。

 読者は読むことで自ずと筆者の人間性や来歴、知識や過去、視点に結果的に触れ、象徴的に作者を感じます。往復小説は互いに「何かしらの影響を受けた、刺激を受けた」を前提に綴っていきます。元となる小説の何を拾うか、どこを膨らませるか、どう幕を下ろすか等は、まさに作者そのものを象徴的に表わしています。そしてそれらは全てが正解なのです。

 往復小説は「単独」で読む場合と、繋がりで読む場合とで見えてみるものが大きく変化するでしょう。複数の作者が書いているから当然なのですが、結果的に前の作者は「それ、それが書きたかった」という意図を結果的に汲み取った小説が続くこともあるでしょうし、逆に「そこを拾ったのか、なるほど!」と相手を知ったり、知らない自身を振り返ることになりかもしれません。それは筆者にとっても学びになると同時に楽しみにもなるでしょう。読者もまた、読むに連れ、知らず頭の中で作者に加わっていることと存じます。

 書くことこそが己を知る最良の方法かもしれません。

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